結婚相談所物語 Ⅲ
- 男性向け
- カウンセラーの日常
そして岡山へ
結婚相談所物語の続編(vol.3)です。1作目・2作目をお読みで無い方は、まずはそちらををお読み頂くことをお薦めさせて頂きます。
鈴木さんと真子さんは結婚相談所での出会いでありながら、運命的に惹かれ合いトントン拍子に結婚を約束する事となりました。
結婚相談所での出会いでそんな事があるのか?と思われがちですが、プロフィールで自身の偏向的な性格や趣味を赤裸々に公表する事で、それでも良い(その方が合いそう)と思ってもらえる方からアプローチされて、お互いの素性がある程度分かった状態から、お互いに背伸びをせずに居心地が良い交際をスタートできるという利点があります。
ですので、かえって通常の恋愛よりも気の合う人と出逢える可能性があるのです。
プロフィールを美化して装ったところで、交際が始まれば(仮に結婚までできたとしても)そのうちに素性が明らかになります。
ですから当相談所での方針では、プロフィールでは出来るだけありのままの自分をPRして、交際後はお相手に対しての道徳的気遣いや振る舞いを大切にしつつ、なるべく早い段階で素の自分自身をさらけ出していくようにお勧めしています。
鈴木さんもその通りに婚活をして、鈴木さんの偏向的性格と生活をよしとしてくれる真子さんと出逢い、お互いに惹かれ合う事になりました。
本来なら43歳の鈴木さんと36歳の真子さんの、そこそこいい大人のお二人の年齢でしたら、親の意向は置いといて
「2人の愛さえあれば、それで全て乗り越えられる!」
という事になっても良いところですが、私の結婚相談所運営の意向としては、両親や家族から結婚を反対された場合は結婚を取りやめた方が良い。という方針でサポートをさせて頂いております。
ですので今回も、うやむやにして進めていく事はできません。きっちりと解決をしてから結婚してもらわなければなりません。
「鈴木さん、とにかくプレゼントと真子さんの手紙はお渡しする事ができたんですよね。」
「はい、渡すというか。いらないの一点張りだったので、家に置いてきました。受け取ってくれているとは思うんですが…。どうでしょうねー。」
「そうですか!良かったです。お母さんも引くに引けなくなっているのかもしれませんねぇ。
できれば一度、お母さんに会わせてもらえませんか?私がご自宅まで会いにいきますので。
これからの結婚生活の事を第一に考えますと、真子さんとお母さんの嫁姑関係が良好な関係性になる事がとても大切な事なので、その点に重点を置いた解決策を考えていきたいと思っているんです 。」
「えー、わざわざ会いに行ってくれるんですか!でも、母がちゃんと対応してくれないかもしれませんよ…。那須さんの言う通り真子さんと母がうまくやってくれたら嬉しいですけど、母の性格じゃ無理ですよ」
「鈴木さんはね、親子ですから、お母さんと喧嘩してもなんて事は無い日常でしょうけど、真子さんはそうはいきません。鈴木さん以上にお母さんには気を使いますし、後々にそれがストレスになって夫婦間の問題に発展していくかも知れません。ですから、この状況は必ず解決してから結婚生活に進んでいかなければならないんです。
それでね、真子さんのご両親には申し訳ないんですけど、ここは一旦、鈴木さんのお母さんの意見を受け入れて結納は諦めて頂けるようにお願いしてもらえませんか?
言いにくいようでしたら僕も一緒にお話しさせてもらいますので」
「えー、那須さんが真子さんの両親にも話してくれるんですか!真子さんの自宅は岡山ですよ。そんな遠い所まで行ってもらっていいんですか?」
当社の相談所は和歌山県の南に位置する田辺市にあり、岡山までは電車を乗り継いで片道4~5時間程度かかります。
「いいですよ!鈴木さんの幸せの為ですから。
僕から話すほうが第三者的意見で話せますので、話がしやすいと思うんです。良好な嫁姑関係を築いて、真子さんが辛い思いしないで済む事こそが、両親が一番願っている事でしょうから、その点をお話したいんです。そういう話は鈴木さんや真子さん自身からはなかなかしにくいでしょう。善は急げです。すぐ行きましょう!」
私は、問題を先送りにする事が大嫌いな性格なので、渋る鈴木さんを説得し無理やり仕事を休ませて、翌日一緒に岡山にある真子さんの実家に向かう事になりました。
「那須さん、本当に真子さんが一緒じゃなくても良かったんですかねー。」
「真子さんはどうしても仕事を休めなかったんでしょ。しょうがないですよ。」
「いやいや、僕も今日仕事があったんですよ、それを無理やり那須さんに休ませられたんですからね。」
「鈴木さん、こういう揉め事は日を追うごとに余計に拗れていくんです。とにかくスピードが大事なんです。僕も暇じゃないんですから、文句を言わないで腹を括ってください。真子さんからご実家へは連絡をしてくれたんですよね」
「はい、すいません。真子さんのご両親には了承してもらっています。」
真子さんのお父様は元公務員で地元の市役所を5年前に定年退職されて、不動産収入もある為、悠々自適の老後生活をされています。
鈴木さんは1ヶ月前に真子さんのご両親に婚約のご挨拶を済ませており、快くご承諾を頂いていますので、既に面識があります。
「真子さんのご両親はとても穏やかで優しいんですよ。ホントに絵に描いたようなほのぼの家族で羨ましいです。うちの親と比べたら大違いですわ!」
「鈴木さん、その話お母さんにもしたでしょう」
鈴木さんはいつものように斜め右下を見つめて
「えー、言いましたよ。羨ましいって。… …。まずかったですかねー。」
「まずかった事が分かってきただけでも進歩です。お母さんが厳しいのも分かりますけど、鈴木さんのKYの方が問題かもしれませんねぇ。お母さんの物言いがキツくなるのも分かりますわ。もういい年なんですから親にも少しは気を遣わないとダメですよ。」
「はい、これから気をつけたいと思います」
「鈴木さんは一応社長ですし、人付き合いもへたなので、周りの誰からもそういう事を注意された事がないんでしょう。お父さんもいらっしゃらないし、しょうがないですけど。いよいよ結婚するんですから、これからはもう親に甘えたらダメですよ。それにその空気を読めない性格を改めていかないとこれからもっと苦労しますよ」
「はいはい、分かりましたー。那須さんてホントに言いたい事言いますよね。」
そうこうしているうちに岡山駅に到着し、午後2時頃に真子さんの実家に到着しました。
聞いていた通り穏やかなご両親で、笑顔で我々を出迎えてくれました。
「この度は、わざわざ遠いところまでおいで頂きましてどうもありがとうございます。まぁ、あがってゆっくりしていってください。」
「こちらこそ、突然にお邪魔して申し訳ございません。びっくりされたでしょう。」
「いえいえ、私たちも今回の事では尚典君にもお母さんにもご迷惑をかけてしまって、申し訳ない事になってしまったなぁ。と思っていましたので、こうしてお話にきてもらえて良かったです」
「どうもありがとうございます。それでは早速本題に入らせて頂きますね。事情は真子さんからもお聞き頂いているかもしれませんが、改めて経緯をご説明させて頂きます。」
そう言って私はここまでの経緯をご説明して
「単問直入に申し上げさせて頂きますが、申し訳ありませんが、結納の儀式は諦めて頂けませんでしょうか?
一人娘の大切な真子さんの、一生に一度の大切な門出ですから、きちんとした慣わしに則って行いたいというお気持ちはよく分かりますので、こんな事をお願いする事は大辺心苦しいのですが…」
鈴木さんも神妙な面持ちで一緒に頭を下げつつ
「本当にうちの母が我が儘な事を言って申し訳ありません。」
真子さんのお父さんは、腕組みをしていた手を静かに膝の上に下ろして
「尚典君、それに那須さん、こちらこそ勝手な意見を押し通そうとして申し訳ない。」
と言って、ゆっくりと頭を下げました。
私と鈴木さんは顔を見合わせた後、改めてお父さんに視線を向けました。
「結婚相談所での結婚で、お互いの親同士がしっかりとした意思の疎通もできない状況なのに、こちらの意向を押し付けるような事をして尚典君とお母さんには嫌な思いをさせてしまった。と。妻とも話していたんです。お母さんの希望通り、結納は無しで結構です。それと今後の事も、我々はもう口出しをせずに、娘と尚典君にお任せしようと思っています。」
私と鈴木さんは、もう一度改めて深く頭を下げて
「ご了承頂けまして、本当にありがとうございます。その代わり、真子さんが結婚後も鈴木さんのお母さんと良好な関係性を築けて、幸せになってもらえるように、できる限りの事をさせて頂きます」
お父さんは姿勢を正して鈴木さんに厳しい目を向けました。
「尚典君、娘の事、よろしく頼みますよ。」
「は、はいっ。真子さんの事、大切にさせて頂きます。よろしくお願い致します。」
私たちは、見送ってくれている真子さんのご両親に改めて深くお辞儀をして、真子さんの実家を後にしました。
「真子さんのお父さん、最後にすごい厳しい顔をしてましたね。」
「そうですね。娘さんを想う親御さんの気持ちというのは、本当に切実なんです。鈴木さんも覚悟してくださいね。もしも真子さんに辛い思いをさせるような事があったら、あのお父さんは絶対に許してくれませんよ。
結婚は2人だけの問題じゃなくて、今まで大切に育ててこられた相手の両親の事も常に考えて、真子さんを悲しい気持ちにさせる事があったら、それ以上に相手の両親は更にもっともっと悲しい状況になるという事を覚えておいてください。親は自分の事以上に子供のことを考えてくれているんです。子供の幸せの為だったらどんな事でもできるという覚悟が常にあるんです。」
鈴木さんはいつになく、うなづきながら私の話を神妙に聞いてくれています。
「男性はね、結婚してしばらくしたら、妻に対して遠慮がなくなって横柄になったり、偉くもないのに偉そうにしたり、トイレ掃除もしないくせに立って小便をしたりするんですよ。
男性は仕事をしているから偉い。ちょっとくらい我が儘を言ってもいい大丈夫。なんて思ってたら大きな勘違いですからね。
旦那がどれだけ稼いでいようがそんな事は関係無いんです。鈴木さんも肝に銘じておいてくださいね。夫婦関係はヒフティヒフティですからね。常に真子さんが笑顔で過ごせるように心配りをしてあげるんですよ!」
「分かりました。今まで立ってオシッコしてましたが、これからは座ってするようにします」
「鈴木さん、今まで掃除はどうしてたんですか?」
「母が月に1回程度来てくれて、してくれてます…」
「…、…、嘘でしょー!信じられない。なんちゅうマザコンなんですか?。よくそれで、お母さんの悪口言ってましたね!考えられません。明日から自分でしなさい。それで、掃除の練習をして結婚後も自分で一生掃除してください。今まで40年以上してこなかった罰です。それくらい心を入れ替えなかったら貴方は確実に真子さんに捨てられます。」
鈴木さんはいつものように斜め下を眺めつつ
「確実に捨てられるって、そこまで言わなくても…」
「いや、このまま、一人息子のあほボンのまま結婚したら、いつか確実に捨てられます。
いいですか、鈴木さん。空気が読めない。人付き合いが下手。掃除もできない。髪の毛も少ない。炊事洗濯もままならない。ほとんど取り柄が無いじゃないですか!そんな男と結婚してくれる真子さんの身にもなってみてください。メリットがほとんど無いじゃないですか!
もうね。気儘なおっさん暮らしは今日で卒業ですよ。明日から生まれ変わったつもりで、掃除と炊事洗濯を猛特訓してください。真子さんみたいな良い子と巡り合える事なんかホントに奇跡的なんですからね。捨てられたくなかったらせめて掃除くらいキッチリとできる人間になってください。いいですね。」
鈴木さんは口を尖らせながら
「分かりました…。それじゃあ帰ったら早速掃除します…」
と渋々ながらも受け入れてくれた様子です。
「鈴木さん、貴方は欠点だらけですけど、それを補えるだけの素直さと優しさを持っています。真子さんもその点を見てくれているんだと思います。でもね、真子さんはお母さんじゃないんですから、甘えちゃあいけませんよ。自分でできる事は全て自分でやってください。そして、絶対に真子さんを悲しませないと毎朝自分自身に誓ってください。」
「分かりました」
「素直に聞いてくれて嬉しいです。ありがとうございます。それではいよいよ、真子さんを幸せにする為に、絶対に乗り越えなければならない。お母さんとの関係性を解決しましょう!
僕が明日お母さんを訪ねますので、今日にでもその旨をお母さんに連絡しておいてください。いいですね」
「えー!早速明日ですか⁉︎」
「憂いは先延ばしにせずにさっさと対処する。鈴木さんもこれからはそうしてくださいね。憂いやクレーム処理・謝罪なんかを先延ばしにしても何一つ良い事は無いんです。適時的確にスピーディーに対応するんです!」
「わ、分かりました!」
・・・つづく
ここに登場する人物は「マリッジカウンセラー那須」以外は全てフィクションです。