結婚相談所物語 Ⅱ
- カウンセラーの日常
親の心 子知らず
結婚相談所物語の続編(vol.2)です。一作目をお読みで無い方は、まず一作目をお読み頂くことをお薦めさせて頂きます。
鈴木さんの話を要約するとこのような内容です。
順調に交際が進み、お互いの両親への挨拶も無事に済み、結婚式の日取りも決まって、結婚式の内容はコロナ禍という事もあり、身内と近しい友人だけの小規模な結婚式を行うという事になりました。
そこまでは良かったのですが、真子さんの両親は伝統的な事を重んじるご家庭で、娘の結婚の際にはきちんと結納を取り交わして、伝統的な手順を踏んで行いたいという希望を持っておられるそうです。
それについて、鈴木さんのお母さんも一旦は了承していたのですが、その後になって、やっぱり結納をすると顔合わせ等色々と面倒な事が多くなるので、必要無いんじゃないかと言い出しました。
それを聞いた真子さんのお父さんが、いやいや一人娘の大切な門出を面倒だからという理由で無しにするなんて考えられない。
となり、それを鈴木さんがお母さんに伝えたところ、お母さんがブチ切れて
「お前は男のくせに全て相手の言いなりになるのか!お前は元々優柔不断で、人の顔色ばかり伺うところが情けない。そんな事なら結婚生活も相手の言いなりになって上手くいく訳がない。そんな結婚はやめてしまえ!」
と、一度言い出したらテコでも動かない性格のお母さんが、完全にヘソを曲げてしまったそうで、なんとか取りなそうとしたのだが
「結婚したいんだったら、お前の好きにしたらいいけど、私は結婚式には出席しないし、結婚後も交流はしない」と断言されてしまった。
という事が、昨日の出来事だったそうです。
「それは、大変でしたねー。その事は真子さんには伝えたんですか?」
「はい、真子さんも、母親の激しい性格を垣間見て動揺しているようでした。結婚後もお母さんとうまくやっていけるか自信が無くなってきたと、言ってました」
「分かりました。まず問題を整理したいと思います。
鈴木さんと真子さんとの関係性には問題は無いんですよね。」
「はい、無いです。」
「真子さんと真子さんのご両親。鈴木さんと真子さんのご両親との関係性も問題ありませんよね。」
「はい。問題無いです。問題なのは母だけです。」
「鈴木さんのお祖母さんは、どのような立ち位置なんですか?」
「お婆ちゃんは母と同意見で一緒になって怒っています。」
「そうですか、そしたらお祖母さんもあてにできませんね。
問題になっているのは、鈴木さんとお母さんの関係性だけですね。
改めてこの額の言葉を思い出してください。」
「感謝・利他心・親孝行」ですか…とてもじゃ無いですけど、今の心境じゃ親孝行は無理です!
母は僕の幸せなんか望んで無いんですよ」
「でもこの前までは、心に想う親孝行が功を奏したのか、最近親子関係が良好になってきたと喜んでいたじゃ無いですか。お母さんの幸せと健康を願う心の持ち様を忘れていませんか?今回の件以外で何かお母さんと揉め事はありませんでしたか?」
鈴木さんは、困った時や、思っている事を言い当てられた時に、右斜め下を無意識に見つめる癖があります。本人は気付いていませんが、とても分かりやすい癖の為、質問内容が図星かどうかは簡単に判断できてしまいます。
この時も鈴木さんは右斜め下を眺めつつ
「えー実は、先日真子さんの誕生日だったので、真子さんと2人で食事をして、プレゼントをあげたっていう話を2人にしたんですね。そしたらその後に母があきらかに不機嫌になってしまいまして、僕が真子さんの誕生日を祝った事が気に入らなかったのかなぁと思いました。
急に不機嫌になったので、僕が真子さんの誕生日を祝った事が気に入らんのって言ったら、はぁ別になんとも思ってないわと返されて、こっちも意味が分からないですから、じゃあ何で急に不機嫌になったんかって聞いたら、別に不機嫌になんかなって無いわ!鼻の下伸ばしておのろけ話しよって!。みたいな事を言われて、それからこっちも応戦してしまって、にっちもさっちもいかない、いつもの大げんかになっちゃったんです…」
「えー、それは大変でしたねー。そうですか真子さんの誕生日の事で急に不機嫌になったんですか……。
ちなみにお尋ねしますがお母さんの誕生日はいつですか?」
「母と真子さんの誕生日がたまたま3日違いで、母が5月15日で真子さんが5月18日なんですね。さらにお婆ちゃんの誕生日が5月8日なんです」
「へーそうなんですか、なるほど。それでお母さんとお婆ちゃんには何かプレゼントは差し上げたんですか?」
「いいえ、今まで一度も渡したことがありませんし、今回もあげてません」
「やっぱりそうですか…。そりゃお母さんも機嫌が悪くなって当然ですよね」
「えー、なんでですか? 今までもプレゼントなんかあげた事無いですけど何もなかったですよ」
「うーん、鈴木さんもつくづく女心の解らない人ですねぇ。でも無理もないか。僕も反省します。もう少し丁寧にお母さんとお祖母さんの心境を考えて、お二人に対しての対応をアドバイスしておくべきでした。すいません。
2人の心境としたらですよ、今まで苦労して育ててきた息子がいよいよ結婚間近となって、喜びはもちろんあるんですけど、それと同時に何か喪失感や一抹の寂しさみたいなものを感じていると思うんですね。
真子さんは良い人だけど、人の気持ちが解らないオタクで薄毛の息子が、人並みに結婚生活をおくれるのかと不安にも感じていると思うんです」
「いやいや、那須さんちょっと言い過ぎですよ。薄毛は関係ないでしょー!。那須さんこそ不毛地帯じゃないですか!」
「不毛地帯って、誰がシベリア半島やねん!まだかろうじて脇に残ってるわ!」
「いやいや失礼。まぁ薄毛はどうでもいいんですけど、とにかく、親心としてもナーバスになっている時期なんです。そんな時にですね、親の気持ちも考えずに鼻の下を伸ばして彼女の誕生日祝いの話をして、しかもその直前の親の誕生日の事は全く無視ですか!そりゃ機嫌も悪くなるでしょー」
鈴木さんは静かに天井を見つめた後、目線を右斜め下に落として
「それは全く気付いていませんでした。そうですか。そんなもんなんですかねぇ。うーん、僕はどうしたらいいですかねぇ?」
「鈴木さん、貴方の唯一の取り柄は素直なところです!」
「唯一ですか⁉︎」
「そうです。他に取り柄は見つかりません」
「那須さんもきついですね~。まぁいいですわ。分かりました。それでどうしたらいいんですか?」
「そうですねー。まずはこのいきさつを真子さんにお話ししましょう。仲良し家族で育った優しい真子さんはきっとこう言うでしょう。それは鈴木さんが悪い!今からでもお母さんとお祖母さんに誕生日のプレゼントをあげなきゃだめです。と。それで、真子さんと一緒にプレゼントを選んで、真子さんにはできれば2人への手紙を書いてもらってください。その手紙と一緒にプレゼントをお渡しするんです。お二人は不機嫌でプレゼントなんかいらないとヘソを曲げるかも知れません。
なんと言われようとその時はじっと耐えて、鈴木さん自身のお二人への配慮の至らなさをひたすら心の中で詫びつつお渡ししてください。まずは、結納の件での問題は後回しにしてここまでをすぐにでも実行してください。いいですか」
「分かりました!やってみます。」
「そうです。その素直さが鈴木さんの取り柄なんです。
唯一ですけど、素晴らしい取り柄ですよ!」
「唯一で悪かったですねー。でも那須さんに話して少し気が楽になりました。頑張ってやってみます」
そんなこんなで、思った通り、お母さんはいらないの一点張りだったそうですけど、とりあえず計画通りにプレゼントを置いてくる事ができた鈴木さんでしたが、
これを機に話が好転していくほど、世の中甘くはありません。
頑固なお母さんはその後も「結婚式には出席しない」という姿勢を崩さず、鈴木さんは困り果てた表情で再び事務所を訪れました。
鈴木さんは事務所の壁にある「感謝 利他心 親孝行」の文字を眺めつつ、
「那須さん、この利他心っていうのは利己心の反対の意味ですよね。僕は利他心と親孝行でプレゼントを渡したつもりですけど、何も解決してませんよ!どうしたらいいんですか?」
「鈴木さん、悪いけど今回の事ではこれっぽっちも利他心も親孝行も感じられませんよ。むしろ、これでなんとか矛を収めて欲しいという自己中で利己的な感情が見え見えなんですよ。」
「えー、よく言いますわ!那須さんのいう通りにしたじゃないですか!」
「もちろん、しないよりはした方が良いので、プレゼント作戦を提案しましたけど、これぐらいで解決するほど、お母さんが甘くない事は鈴木さん自身が一番よく分かってるでしょー」
鈴木さんは、いつものように右斜め下を眺めつつ小さく呟いています。
「そうなんですよ…。母の頑固さは筋金入りですからねぇー。このまま結婚を認めてもらえないんでしょーねー。とほほ」
「とほほって、昭和な嘆き方ですねぇー。鈴木さん。」
「那須さん、笑ってる場合じゃないですよ!全く呑気ですねー。いったい僕はどうしたらいんですか?」
「はい、次なる手立てを考えていますので、それをこれから実行していきましょう」
・・・つづく
ここに登場する人物は「マリッジカウンセラー那須」以外は全てフィクションです。